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http://www.youtube.com/watch?v=jqgGs4dC2ZA

「うま味」という言葉は反則です。
いや、だって味の時点ですでに「うまい」って言っちゃってますからね。それはだめでしょ。言うなれば、「松崎しげる」って言った時点で「黒い」って言っちゃってるようなもんですよ。それは違うか。
てことはじゃああれですか、うま味さんよお?「甘くてうまい」「辛くてうまい」がありなら「うまくてうまい」もありですか。え?そんじゃあ「甘すぎてまずい」「辛すぎてまずい」がありなら「うますぎてまずい」もありですか。

これは、矛盾です。





「OBOGさん」という言葉はおかしいです。
OBはOld Boy の略だから男性、OGはOld Girl の略だから女性。それは良い。でも「OGさん」って「おじいさん」みたいじゃん。そうなると「OBさん」ももう「おばあさん」にしか見えなくなってくるじゃん。でも「OGさん」は女性で「おじいさん」は男性で、「OBさん」は男性で「おばあさん」は女性で……うわあああああああ!!!!!

これも、矛盾です。





きたない言葉はうつくしいです。
きれいな言葉は、地上を歩けている人の背中をそっと押してくれます。けれども地下深くを這いつくばる人の首をつかんで引っ張り上げてくれるのはきれいな言葉ではなく、綺麗ゴトではなく、きたない言葉だと思います。そのために、ブルーハーツは存在しているのだと思います。そのために、Sex Pistolsは、Nirvanaは、Radioheadは、存在しているのだと思います。彼らの吐く言葉はとてもうつくしいのです。

これは、矛盾ではありません。












終わらない歌を歌おう クソッタレの世界のため
終わらない歌を歌おう 全てのクズ共のために
終わらない歌を歌おう 僕や君や彼等のため
終わらない歌を歌おう 明日には笑えるように







まだまだ大人にはなれそうもありません。

役者一年 久保
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昨日の今日 今日の昨日

2/27です。こんばんは。

今日も今日とて役者練でした。
明日はオフで、明後日は通し3です。あっと言う間とはまさにこのことです。

明日で2月は終わるそうです。なんで2月は28日までしかないんだろう。不思議。

どうでもいいことばかり考えている気がします。私が一回ぼーっとしているうちに、地球は0.3°くらい自転しているはず。
些細な時間です。
でも、終わる頃には考えていたことは遥か彼方。0.3°分後方に置き去りです。あ、でも今しがた電車に乗っていたのでさっきのぼーは目黒に居ます。何考えてたっけ。くしゃみのことだった気がする。

思い出せないくせに覚えてはいるらしく、頭の中はどんどんぐちゃぐちゃになっていきます。ドラえもんの四次元ポケットのようです。開けてビックリ玉手箱。何が出てくるか分かったもんじゃありません。

でも時々ふと思い出したり出さなかったり。きっと360°回り切ったところに偶然到達したのでしょう。
今しがた、10分前目黒だったところに到達したようです。くしゃみは1回褒められ、2回けなされ、3回惚れられらしいです。さっき私をけなしたのはどこのどいつだ。

電車でガタゴト。曇ったガラスの曇ってない部分が人の横顔に見えます。こうやって書いておけばきっと忘れないはず。

....ん?なんで忘れちゃいけないんだろう....?

更新ボタンを押さずに寝てしまいました。
おはようございます。2/28です。
今日は昨日に、明日は今日に、明後日は明日に。

そろそろ布団から出ようかなぁ。

役者 吉岡

そこはかとなく




自分は特別な存在、そう思って18年間生きてきましたしこれからもそう思って生きていくんだと思います。


ある自殺志願者が死ぬために生き生きしているのと、死ねないがために鬱々としているの
どちらがいいと思いますか?
わたしはどうせ生きるなら短くても濃密でありたいです。目的が死ぬことだとしても。

目の前に広がる世界で特別である自己を特別でいさせ続けたい!
そのために死を選ぶ、そんなのはどうでしょうか。




まあそんなことを中高で考えて考えてこじれた形が今のわたしで
何かしたい!って思ったときに死ぬことが候補に出なくなりましたね。
そして今は芝居がしたいです。


生死って何なのでしょうね。
くっそ重い話で申し訳ないです。


明日もきっと、芝居がしたいと思うのでしょう。確信。


役者 渡邉


わけがわからないよ

初めまして。制作のえりっくです。
ブログ当番がまわってくるなんて。どうにかして、書かなくても済むようかわしてやろうと思っていたのに。

私には中身のある話ができませんのでくだらないことでも書いてこの場を乗り切ろうと思います。最後に劇団綺畸2013年度新人公演「シャルマンとシャルマント」と上手くつなげられたらいいなあ。


私は高校時代、空手部と茶道部に所属していました。どうやらおとなしそうな外見とそれが合わないようで「江利川さん……ギャップが……くすくす」と笑われます。まあ正直おいしいです。ちなみに今も続けている理由は三つ、いろいろと強い女性になりたいのと仮面ライダーになりたいのと自分が自分であるためだと思います。

空手道も茶道も基本的に個人戦だった気がします。空手には団体戦もありましたし仲間と共に汗を流してはいたけれど、やはり稽古中も試合中も孤独だったような。もっとも茶道なんてみんなで力を合わせてっていうものでもないし。
だから、安い表現でお恥ずかしいのですが仲間と一つのものを作り上げるこの場が楽しくて心地よいです。このようなことに本格的に取り組むのが初めてなんです。

私は極度の人見知りなので人の数が多いと口が開かなくなります。制作なのにそれはまずい。本当は話したいのに。本当はおしゃべりなのに。だから寡黙で感じの悪い奴だと思われます。喋らないから影が薄い。影が薄いからいるかどうかも分からない。私って存在する意味あるのかなー。今ぽっと消えても何に影響があるわけでもないかーなんて。
でももしかしたらここには私のいる意味が少しくらいあるのかもって思えてきます。空手でも茶道でも味わえなかった感覚。これでも活動を終えて帰路につきながら「やっぱり劇団綺畸の一員でよかったー」なんて思ったりしてるんですよ。今まであまりいい思いをしなかっただけに自分の居場所があることにありがたみを感じます。やだ、自分で言っておいて鳥肌がたってきた。

結局何が言いたいのって聞かれてもよく分からないです。頭が弱いし文章書くのすごく苦手なんです。文頭で中身の無い話だと断っているしいいか。そういうことは自分のブログでも開設してからやれって話です。チラシが大好きとか制作らしいこと言えなくて残念。

そういうわけですから、3/14~3/16の劇団綺畸2013年度新人公演「シャルマンとシャルマント」にどうぞご期待ください!(つなげられなかった)


制作 江利川

獏にシフォン





演技している間の自意識について他の役者と話す機会がたまにあるんですけど、聞いてみるとなかなか人によって違いがあるものです。





自意識はほとんどなくて役に入りきっている人もいれば、ただ普段の自分が台詞を発しているのに近いという人もいます。





僕は多分その中間で、客観的に自分を見つめる自意識に見守られながら、その中でなるだけ役に入り込めるよう集中しています。



一番多いのはこのタイプなんじゃないでしょうか。





その自意識をなるだけ薄くするには、台詞や動きが自分に馴染むようとにかく練習を重ねることであったり、役の裏設定をひたすら考えることであったり、そういう途方もない過程が必要なのでしょう。





それでもやっぱり僕は雁田たかオにも古井圭祐にもなりきれなくて、どこかでどうしようもないだめ人間の小西くんが自分を見つめているのです。





それ自体はきっと悪いことではなくて、多分演技している自分を客観的に見守る視線は取り去ってはいけないものなんじゃないかと思います。



ただその存在が大きすぎては都合が悪いだけで。














演劇を始める前は、役者はみんながみんな役に入りきらなきゃいけなくて、自意識なんてものは存在してはいけないんだと思っていました。





でも実際はそうではなくて、むしろ自意識がない方がよいのはお客さんの方なんじゃないかと思います。



もちろんそれはお客さんに責任があることではなくて、劇を作る側にかかっているものなのでしょう。







つまらない劇を観ている時には、そろそろお尻が痛いなあとかアンケート何書こうかなとかなくてもいいはずの感情が溢れてきます。



面白い劇を観ている時には次どうなるんだ?など考える暇もなくただ頭の中はその世界でいっぱいになります。








その世界を劇場全体に浸透させるという行為はきっと劇団員全員にとって重要な命題なのでしょう。





















押しの強い劇がどうしても好きになれません。





その世界に入り込むよう強要されることにどうしても息苦しさを覚えるのです。






多分劇を作る側はお客さんにその世界に入り込むための権利を与えられるに過ぎなくて、それを無理強いしてくるような劇は好きになれません。



その権利をお客さんが施行するかどうかは劇の面白さにかかっているのでやっぱり責任は劇団側にかかっているんですけどね。

好みとかはあるけど。



























ふわふわした劇が好きです。



その権利を優しく与えてくれるような、気づかないうちにそれを施行してしまうような。





多分僕の好きな劇は知らない間にその世界にふわっと入り込んでしまっているような劇で、そういう劇を観ている時にはまるで夢の中にいるかのような感覚を覚えます。





演劇は非日常だっていうけれど、夢の中だという方が僕にはしっくりきます。


























ずっと夢見てたいなあ。





















やっぱり電車の話をするべきなのか。



いや、そんな現実はどうでもいい!





たまには、夢の話くらいしてもいいじゃない!



たまには子供っぽいとか中二臭いとか痛々しいとかそんなの全部無視して現実を見なくても。







































何が言いたいかというと、僕が枝豆が好きとか化学が好きとか水曜どうでしょうが好きとかロックが好きとかオワリカラが好きとかSuiseiNoboAzが好きとかふわふわした劇が好きとかナンセンス劇が好きとかそんなことはどうでもよくて、

あなたたちにとって役者の自意識なんてどうでもよくて、



夢、見に来てください。






























そしたらきっと、
獏にしふぉんっ






文責 役者 小西


あなたと

連絡のつかなかったクラスメイトは無事だそうで。どうやら先輩も同じように将来に悩んでるみたいで、渋谷で声をかけてきた美容師は上目使いで話しかけてきて、ゲスい話をする女子大学生の声と甘ったるい抹茶フラペチーノは悪くはなくて、牛丼チェーン店では横一列に並んで餌を食べる家畜の一匹で、冷たい風がドライアイの敵で、手のひらに突き刺さった木針に気づいた時にはもう皮に覆われていて、youtubeを開いたら中学の合唱コンクールが蘇ってきて、試験がんば!って送ったら頼もしい返信が返ってきて。

そんなものたちが僕を動かしている。そう達観するときと、それでもその中に身を投げ出したくなるときと。


ひとをどのように"動かせる"のか
ひとにどのように"動かされる"のか

演劇がどのようにあなたを"動かせる"のでしょうか
そんなあなたにどのように"動かされる"のでしょうか


決してひとりではできない演劇です。一緒に演劇をつくってはいただけないでしょうか。


照明 冨士盛

やぎさんゆうびん




しろやぎさんから おてがみ ついた
くろやぎさんたら よまずに たべた
しかたがないから おてがみ かいた
さっきのてがみの ごようじ なあに?


誰もが一度は聞いたことがある歌ではないでしょうか?
2番はしろやぎさんとくろやぎさんが逆になって3番以降はずーっと繰り返しで永遠に終わらない歌らしいです(笑)
もらったお手紙を食べてしまってお返事が書けないなんて…可愛らしくてほっこりしますね。
だいすきな童謡です。


童謡って成長しても頭のどこかに残っていて、ときどき口ずさみたくなりますよね。


今回の新人公演もそんな劇になればいいなって思います。



役者 ゆきりんこと田嶋恭子

たまには本音を言ってみる

まるい石になりたいんです、本当は
抱えるには少し重いくらいのつめたい石
表面がすべらかでひんやりとした、ある特殊な質感を持った石

肉のにおいが嫌いです
無機物になりたいです
中原中也の骨、みたいな

しらじらと、ただそこに存在していられればいいのに






でも、なれないんですよねえ
役者は何にでもなれるというけれども、ね
やっぱりこの命が終わるまでは無機物にはなれないみたいです
厭っているはずの血も肉も捨て去ることは出来ないから

それならばせめて、今この体でしかできないことをしようかなと思います
劇とか劇とかそれから劇とか?
まあ、なんだっていいんですきっと、一時的に憂鬱が興奮に変わるなら


さてさてやれやれ、
熱をもった身体を連れて、今日も今日とて練習へ
今日という日が皆様にとっていい日になりますよう

役者 そめや

挨拶に迷う


おはようございますとこんにちはの境目くらいの時間帯ですね。
それにしても普通なのです。恐ろしいほどに普通なのです。
承認欲求表現欲求どうか特別な何かを持ってるひとでありたいという欲求。
しかし驚くべきほどの凡人であります。自己認識がございます。
むせ返るほどに甘ったるい自意識に沈んで昨日もひっそり眠りました。

普通の人はいったいこういう場所で何を書いたらいいのでしょう。
綺麗なことも汚いことも面白いことも格好いいことも、むずむずしてしまいます。
普通の人は普通のことを言えばよいのでしょうが、昨日沈んだ自意識が邪魔をします。

演劇やってます。と言うと、何やってるの?と聞かれます。
制作をしています。と言うと、ふーん。と言われます。
どなたかの言葉を借りるならば「芝居を公演にする」仕事です。
でもそんなセクションがあることだって知ってもらわなくていい。
ふーん。でよいのです。
特別なものは特別な人に任せて、普通の人は普通のものを大事にしようかなあと。
それは例えば劇団員が楽しく真摯に作品に取り組める環境だったり
お客様が劇場にいらしてから作品を観てお帰りになるまでの快適さだったり。
あることが当然で、気にも留めないような大前提をこっそり守っていければ。
そういう演劇との関わり方が自分には合っている気がします。

うおお。普通だ。なんという平凡さ。凡庸さ。ありがちな何か。恥ずかしさ。
ロビーにいる特別にはなれない普通の人がわたしです。
さあ今までの文章はすべて記憶から消して。大事なのは最後の一文だけです。
御来場心よりお待ちしております。


制作 木下

再会

こんばんは!
たぶん昨日の担当なのに今日になってしまいました。
綺畸のことを書こうと思ったのですが、うっかりネタバレしそうで怖いので最近の出来事について書きます!

先日小学校からの友達と5年ぶりに会いました。待ち合わせ場所は07:04発武蔵野線1号車。電車で待ち合わせって素敵ですよね!目的地に着くまでのドキドキを共有できるところとか!これに慣れてしまうと現地集合ってとても味気なく感じてしまいます。
とにもかくにもとーっても楽しかったです。再会っていいなーって改めて思いました。その頃に戻れるっていう感覚が会ってなかった時間が埋まっていく感覚がたまらなく好きです。

とりあえず、劇団に所属していることに対してえっ!どうしたの?大丈夫?って言われない位の劇団員らしさ?を身につけたいです笑

いっぱい充電できたので新公頑張れそうです!よく分からない内容ですみません>_<

劇団綺畸新人公演「シャルマンとシャ
ルマント」ぜひぜひご来場下さい!

照明 大河内
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劇団綺畸2013

Author:劇団綺畸2013
初めまして、劇団綺畸です!
劇団綺畸は、東京大学と東京女子大学のインカレ学生劇団です。
如月小春が東京女子大学在学中に創立。現在は東京大学駒場キャンパス内にある駒場小空間を中心に公演を行っています。

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